わたしの登山スタイルは、ガンガン攻めるのではなく、一般的な登山・ファミリー登山と行ったようなスタイルに落ち着いてきました。
私は、アウトドアを趣味とする医療従事者のふじのんです。
高校生の時は山岳部に所属し、登山、カヤックやマウンテンバイク、ロードバイク、キャンプなどのアクティビティの経験を積んできました。
結婚し、子どもが生まれてからは以前ほど活動はできていませんが、近所の裏山や川原などで遊ぶことから外遊びを再開しています。
高校生時代
高校生時代は山岳部に所属していました。
練習は、ボッカ(歩荷)訓練と言って20キログラム以上のブロックを背負い、ひたすら校舎の階段の上り下りをしたり、ラジウスを使いラーメンを作ったりしていました。
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ボッカ訓練はきつかったけど、その他は遊び半分って感じですね。
山岳部に入部した理由は、ズバリ、運動に自信がなかったからです。
入部する前は文化部(電気工業部)に所属し、ミニエレベーターを作り制御するといった活動をしていました。
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でも、当時は若かったから、体を動かしたかったんですね!
電気工業部を飛び出し、山の世界に飛び込みました。
山岳部であれば、もくもくと歩きさえすれば、運動音痴の自分でもできるんじゃないかと単純に思ってしまいました。
部活動では、九州エリアを中心に登山していました。
高体連の大会に参加したり、遠征に行ったりなど楽しかったです。
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植村直己さんを知って
その頃、冒険家植村直己さんの本「青春を山に賭けて」に出会い、一気に植村さんの世界に惹き込まれました。
植村さんは、大学山岳部の時代落ちこぼれで、あだ名が「どんぐり」だったそうです。
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そんな彼が、毎日毎日トレーニングを重ね、大学の合宿に行っても、へばらない体力、精神力を身につけていきました。
後に様々な功績を残していく様子を知り、すごい人だと感じました。
でも、自分にできることがきっとある!
自分と重なる部分があるのではと感じました。
私の心の中には、植村直己さんのスピリッツが宿っています。
とても尊敬すべき人物なのです。
植村直己さんを知る、きっかけを作ってくれた人
植村直己の本を読んでいたのは叔父です。
叔父と登山に一緒に行ったり、いろいろ語りたかったけど、登山に行くと行って以来還らぬ人となってしまいました。30年以上前のことです。
叔父が持っていた山に関する書籍が実家にはゴロゴロ置いてあったので、山に関する本に触れ合う環境がありました。
植村直己さんに出逢うきっかけを作ってくれてアリガトウ。
社会人時代
高校卒業後は、社会人山岳会に数年所属し、人生の先輩方と、九州圏内の山に遠征していました。
当時、ボルダリングに夢中になり、地域の体育館に設置されていたボルダリング場に練習に行ったり、ロッククライミングを一度だけ経験。
その当時、仕事で電柱に登ることは日常茶飯事だったのですが、ロッククライミングとなると話はかわります。
ザイルで安全確保はされていますが、怖さが優位になってしまう瞬間があります。
その気持ちを抱えつつ、どこをホールドすれば良いのか、考えながら登っていく。
違う面での登山の醍醐味、楽しさを感じることができました。
最近の登山の楽しみ方
現在はというと、妻、子どもと一緒に低山登山を中心に楽しんでいます。
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専ら、ケーブルカーを使えるところでは、無理せず乗っちゃってます。
安全に登山を楽しんでいきたいですね。
それでは、また。
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